ヒトハ「木」

武田信玄ダッケ?

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」

城ナンテ要らなくて、人が最強の武器ッテ意味だけど、意味の話じゃなくてw


今日、「ふつうの人は「木」みたいなもんなんだよ。」って表現が凄くシックリ来て!


お遊戯会の「木」が一番イイたとえ。

一見要らない役
目立たない
動かない


でも、実際そうじゃなくて
大人になると、木は息してるし
生存競争で隠されて淘汰されないように、光合成合戦するし

まぁ、人間ほど緻密じゃないけど



信玄の感覚は正しいなって思ったわけ。


小さきをよく見て、注意するって意味で。







なんで、こんなこと気になったかと言うと、
「対話」と「でんわ」とかで 片方がが苦手だって感性。両方苦手は「はい、陰キャ」でおわりなんだけどw


理論は、前のブログで書いた。

因みに、これは私的感想で。電話が苦手な人は想像力の欠如からくる
自分への心配とか恐怖、自信の無さに繋がるんだと思ってる。



この話結構派生して、「聞きたい声」とか「嫌な感じの声(人とか内容)」みたいな話に広がって


これも、個人的見解
⇒結局その人の個性に由来するなってなって



努力とバランス論が大事なんだなって 改めて思った