結局 と 強制

年配の方のケンカ観た。なう。
なんかな~って思うけど、両方の感覚が解るんだよね。

でさ。最近思うのが。

「やっぱり〔人〕って【モノ】であり【道具】」なんだよね。

だから、他人をコントロールしたくなるわけ。

悲しいとか、人間味がないとかの主観性・客観性抜きに。事実として。

この考えに至った 定義(的な考え方)としては

人が人に魅力を感じるのは
→自分に無いor平均以上の自分に近い 能力を持って居る事
=→個性(簡単に言うと)

情報かも知れないし、道具、お金、感性、身体能力etc


最近読んでる百合マンガ
やがて君になる
でも 【恋】とか【好き】は
①相手を縛る・コントロールする言葉
って描写が有って(主人公)

最有力サブキャラ の【好き】は似て非なる
②相手に対する敬意・評価・願い
なんだよね。
主人公より柔らかい感じ

もう一人の、主人公の【好き】は↑の主人公のすきに隠されちゃって。好きって言えない状況なんだよね。
③縛られたり・逆の状況で初めて分かる【好き】
結果論の消去法って思えてきた



閑話休題
年配の喧嘩のはなし。


1謝れない
2気に食わない→に結び付けて梯子を掛けていく
(自分で嫌いになろうとする≒自己正当化)
3正当化か防衛か 相手に変わって貰おうとする。
4 3の段階で、放棄・逃げる・離れる



オワリ


ここで自分にフィードバック
1 これは良くある 改善の余地アリアリ
2 少ないね。八方美人 好きになる努力も無けりゃ、正当化もしない
3 これは小さいと思ってたけど 相手とすれば大きいのカモ知れない
4 かなり早い段階で諦めるね。決めたら、絶対に逃げないようにしてる。


今後の指針
・兎に角謝る
・相手の負担を考えてダメ出しをしない。

→不良品との向き合い方。返品出来ない場合を考えて行動する

だな